獣医師インタビュー 小薗江 亮太 院長−渋谷動物医療センター

渋谷駅の地下鉄出口すぐという大都会のど真ん中にトリミングサロン、ドッグトレーニング施設併設の渋谷動物医療センターを開院された小薗江先生。SNS活動にも力を入れており、動物目線で診療をする先生の姿を見ることができます。学生時代、勤務医時代、開業のこと、エキゾチック診療のことまで、たくさんお話を伺いました。

小薗江 亮太 先生

大学生になるまでは、何となく獣医師になりたいと思っていただけだった

私の幼少時代は、近所に可愛いわんちゃんがいて、毎朝、早起きしてその子と遊ぶために家を出て、学校に行く前に少しだけ遊んで、学校から帰ってきてまた、その子と遊ぶという思い出が特別な記憶として残っています。その頃から動物が大好きでした。

ある日、母からそれほど犬が好きなら獣医師になればいいじゃないか?と言われました。小学生の私にとって、獣医師という言葉もそして、そのような仕事があるということも初めて知りました。その時から私にとって獣医師という仕事は強く意識するものとなりました。
ですが、それは将来の夢は野球選手・サッカー選手だと言っていた当時の同級生と同じような、一種の憧れのようなもので、なんら具体的なものではありませんでした。

中学生、高校生の頃も頭の片隅に獣医師になるという夢は漠然と持っていましたが、現実的な計画や情報収集、準備は何もしてはいませんでした。特に高校頃は、地元が東京の繁華街に近い場所に住んでいたこともあり、夜遅くまで遊びまわって、まんま不良少年のような生活でしたね。

しかし、高校3年生に上がる前に受験を意識し、自分の人生を考え始め、改めて獣医師という職業と自分の気持ちと向き合い、獣医学部進学を目標としました。進級当時の私の学力では獣医学部など夢のまた夢で1日10数時間の勉強が日課となりました。運も味方に何とか合格し、晴れて獣医学生になることができました。

大学生活はバイト生活

大学生活は振り返ると「バイト漬け」でした。私立の獣医学部の学費は非常に高額で、親との約束で一般的な私立大学の学費は払ってもらえるという条件でしたが、獣医学部にかかる学費となるとそれでは足りず、あと毎月10万円くらいを自分で稼ぐ必要がありました。国試前の年末ギリギリまでバイトに明け暮れる大学生活でした。

バーテンダー、ウェイター、鳶職、引っ越しや清掃作業など、さまざまなアルバイトをしました。授業が終わった後は、夜の仕事の時給が良かったため、バーや漫画喫茶で働き、夏休みなどは鳶職などの肉体労働でがっつり稼ぐといった感じです。

真剣に「獣医学」と向き合い始めた新米獣医師時代

大学生活は時給1000円程度のアルバイトを月100時間以上こなさなければならなかったため、真面目に勉強している人たちには勉強面ではとても勝てないと感じていました。そこで、大学生活は国家資格取得のための6年間と自分を納得させ、獣医師となってから仕事に邁進できるようにアルバイト以外の時間は必要最低限の勉強の他は遊びに費やしました。

就職を意識する学年に進級した私は手術が出来る様になりたかったので、手術を積極的に行っている病院、そして手術経験が積める病院を探しました。都内出身の私は、初め都内で病院を探しましたが、当時の小動物臨床は非常に人気で倍率も高く、さらに都内の病院は大変人気でした。実際、複数軒見学していく中で、手術はおろか診察デビューまでも時間がかかり、同期のライバルと数少ない手術を分け合うといった状況でした。

思うように経験を積めそうな就職先が見つからない中で、地方に就職した3つ上の先輩に相談し、「早く診察に携わりたいですし、手術の経験も積みたいです。どこがおすすめですか?」と尋ねたところ、「うちに来てみなよ。」と当時先輩が働いていた病院に来るように勧められました。実習に行った際に、その先輩が手術を行っている様子も見せてもらい、私も3年後そうなりたいと思いました。院長には年間100件の手術を目標にしたいと伝えると、「うちに来ればやれるかもしれない。努力次第だね。」と言われ、そこで頑張る決心をしました。

愛知県豊橋市にありますハート動物クリニック・恩師の先生のもと、私は4年間で約400件以上の手術経験を積むと同時に獣医療に関わるさまざまな経験を積むことができました。

夜間診療をきっかけに理想の獣医師像を築くことができた

最初に勤務していた病院に4年間在籍した後、母が入退院を繰り返しており、関東に戻らなければならなくなりました。母は埼玉県の近くの病院に入院していたため、私も埼玉県の病院で働くことになりました。最初は昼の診察がメインでしたが、その後昼間の仕事を辞めて夜間救急に移りました。当時、埼玉県川口市にあった動物救急センター(現在は閉院)に入所し、24時間体制で緊急患者を受け入れることになりました。

そこでは紹介症例の診察や救急対応が主な仕事でした。これまでの経験とは異なり、生死の境をさまよう患者たちを多く目の前にし、急変して亡くなってしまう命や持ち直して懸命に頑張る命。たった数時間で生死の境を彷徨う命を救うために全力を尽くすことの重要性を実感し、多少手術ができるようになって天狗になっていた私の鼻を心地よく、そして思いっきり折ってくれました。

夜間救急の経験を通じて、私は獣医師としての使命感をより強く抱くようになりました。命を預かる責任の重さを感じながらも、一匹ひとりの命を救うことに対する喜びも大きくなりました。その経験が私に自分自身の病院を持つ夢を抱かせるきっかけとなりました。

次のステップとして、私は自分自身の病院を持つために学びを深め、一般病院の感覚を忘れないようにするために一次診療病院で経験を積むことを決意しました。昼は埼玉の病院、夜は救急センターと、3年間くらい掛け持ちで働き、小動物の病院の様々な環境について理解を深め、またその違いを学びました。

グループ病院での指導と開業への思い

私はこれまでの経験を後輩獣医師たちに伝えることで、最終的に多くの命を助けることができるんじゃないかなと考え、グループ病院に入ることを決意しました。

目論見どおり初年度から教育部門の担当となり、3年目や5年目のグループ内の中堅獣医師たちの指導を行い、個人の力だけではなく、チーム全体の力を高めることを重視しました。治療方針や医療行為に疑問を投げかけ、「なぜこの処置を行うのか?」、「なぜこの抗生物質を使用するのか?」など、疑問を徹底的に投げかけました。また、基本的な医療行為は高度な技術や機械に頼るだけではなく、患者の症状を五感で感じ取る能力を高めるべきだと指導しました。

その後、私は本院の病院長を務めながら、若手獣医師たちの指導に尽力しました。この経験を通じて、獣医師としての成長を支えることに喜びを感じていました。

若手獣医師たちが私の指導に応じ、成長していることは素晴らしいことでした。が、良い治療を提供し、患者様も売り上げも増えていく中で、同時に労働時間も増加していきスタッフの疲弊度は目に見えて増していきました。

私は売上が上がっても、その成果がスタッフに十分に還元されない状況に疑問を抱き始めました。スタッフは一生懸命働いている…働けば働くほど患者様は増えていく、そのニーズを満たすために残業をする、休日出勤をする。それなのに、その努力が評価されない状況は不合理だと感じたのです。

そこで、私はその病院の経営者に疑問を投げかけましたが、そもそも何が問題なのかもわかっておらず、経営方針を変えることは叶いませんでした。結局、私はそのグループを離れることを決め、自分の理念に基づいて開業することを決断しました。培った医療の視点と経営の視点を組み合わせ、より公平な環境で獣医療スタッフの成長ややりがい、生活を支える場を築くためです。

渋谷動物医療センターを開業して

場所が渋谷だということにも驚きました。普段から宮下公園周辺を歩いている私にとって、こんな場所に動物病院があるなんて思いもしませんでした。開業後、患者さんをどのように集めているのですか?

私は中部・関東地域を転々とし、さまざまな病院で経験を積んできました。東京都内のグループ病院にいた頃にも、埼玉、川崎、神奈川から患者さんが診察に来てくれました。その中には、渋谷がアクセスしやすい場所だと感じて訪れてくれる方もいました。

渋谷の周辺には、タワーマンションや住居が多く、動物を飼う人たちが増えています。しかし、交差点を渡り、坂を登り、長い陸橋を渡るなど、複雑な渋谷の道を動物を連れて移動するのは大変です。同じ区画にある私の病院は通いやすくていいと来てくださる患者さんも沢山いらっしゃいます。

記者:開業したばかりの段階で、どのようにしてトリミングやドッグランなどの設備を整えましたか?

最初は看護師1人、私ともう1人の獣医師、そしてトリマーの方を迎え、4人で始めました。特にトリマーの存在は非常に重要で、トリミング中に耳や皮膚の問題を発見し、すぐに獣医師に相談できるため、1つの場所で治療も美容もできるという利点を生かしております。

実は当院のトリマーはもともと私が診療していたこの飼い主様で、トリミング施設併設の当院では、お家の子の治療相談も、仕事の相談もできて嬉しいと聞きました。さらに、獣医師としての診療以外にも、SNSやホームページの管理、TikTokの編集など、各々の得意分野を活かしながら会社を運営しています。

そのままTikTokの感じで診療をしています

私がSNSを始めたきっかけは診察風景や動物たち・病院の日常の「リアル」をお見せしたかったからです。
ただ、YouTubeだと動画撮影も編集も大変で、視聴者数を稼ぐのも大変。

そのとき、TikTokが流行っていると教えてもらいましたが私は全く知らなくて、「TikTokとは?」となってしまいました。SNSに関しては、Instagramは写真を投稿する場所だと理解している程度でした。動物病院のHPについては、どの動物病院も機械や設備など、患者さんにはあまり関心のない情報が並んでいるように感じていて、自分たちの動物への接し方など飼い主様が知りたい情報を伝えられるプラットフォームとしてSNSを利用できればなと考えていました。

私自身はSNSを通じて、犬になりきって地面で犬と触れ合うような、15年間変わらない診療スタイルを知ってもらえたらと思っています。SNSで素の姿の私を見て、このスタンスを知って診察に来てくださる患者さんは、事前にSNSで先生を知れて良かったと言ってくれています。

SNSに後押しされて来院してくださることが月に5〜10件程度あります。
新たな患者さんが訪れるきっかけとなる窓口となっています。

今後も私たちの診療の姿勢がわかる動画を通じて、より多くの人々にアプローチできることを期待しています。

犬猫以外の動物診療は診ることと学ぶことの繰り返し

当院の獣医師は犬猫以外のエキゾチック動物にも対応しており、その中でも最近多いのがウサギやハリネズミです。これらの動物は病気が多く、診療技術・経験が必要とされています。その他、鳥類やフェレット、モルモット、デグーなども診察対象としてやってきます。

犬猫と同じ病院で診察できることが当院のメリットと考えています。患者さんは1つの施設で、犬や猫の他にウサギの相談もできるため、一定数の需要があります。また、私たち獣医師自身もエキゾチック動物に対するスキルを磨き、新たな知識を得ることができます。

一方で、エキゾチック動物の診療は専門的な知識が必要であり、初めて診る種類の動物が来院することもあります。動物の基本的な生理学や病理学の知識を総動員させて診察に臨むこともありますが、病気の多いサルや、スタッフの怪我が懸念される爬虫類などは診察をお断りしています。

また、エビデンス(証拠に基づく診療・治療)は大切ですが、エキゾチック動物の場合、新たなエビデンスを作り出すことも必要です。仮説を立て、生体反応や病気の特異性に対処するために、個々の動物と向き合いながら治療を進める姿勢が求められます。

エキゾチック動物診療は獣医師にとって挑戦的な分野であり、学びの多い仕事です。エキゾチック動物を診察することで、新たな視点やスキルを磨き、動物たちの健康を守る使命を果たしています。

これからの挑戦と小動物臨床業界の目指すべき未来

今までのご経験を踏まえて、先生の今後の目標はいかがですか?

僕も来年40歳になってしまうので、これから10年くらいが特に脂の乗っている時期になると思います。まずは自分の能力を伸ばすこと。さらにその知識や経験を後輩獣医師たちに伝え、次世代の獣医師の成長をサポートすることが個人的な目標です。

次の目標は、ちょっと大それたものですけど、この業界全体を変えることです。動物病院の立ち上げの目的だったのは、この業界で働く人々の幸福度を高めることです。獣医師業界全体で見られる問題点、スタッフの離職率の高さを改善し、幸せに仕事をできる環境を提供することを目指しています。幸福で満足感のあるスタッフが、高品質な動物医療サービスを提供する鍵だと信じています。

獣医師が提供するサービスに対して対価を得られる環境を整え、患者さんや動物たち、働くスタッフが幸せで満足できる空間を創り出すことが、業界全体の向上につながると考えています。安価なサービスに頼らず、品質を重視したサービスを提供し、動物病院の価値を高めることが大切だと思います。獣医師・スタッフを使い捨てにしているような会社は早く潰れろって思っています。

そう思うのはスタッフを使い捨てるような雇用体制では日本の獣医療は最終的に遅れていってしまいます。優秀な人材が逃げていってしまうからですね。
動物病院のスタンダードを高め、より多くの人が獣医療業界に魅力を感じ、優秀な人材が集まる環境を整えたいと考えています。そして、常に成長し続け、当たり前のことを当たり前に実践する世界にしていきたいです。

獣医学生へのメッセージ

大学生は、よく遊び、よく飲み、よく寝てください。

特に小動物臨床を志す人は、よりよく遊んで、獣医師になってから最初の3年間5年間くらいは獣医療にどっぷり浸かれるくらい、遊びきったと思えるくらい遊んできてください。ここはちゃんと向き合えばそのぐらいの価値がある楽しい世界でもあります。

正直、最初の半年間は毎日辞めたいと誰もが思うんです。小動物臨床は、忙しいし辛いし帰る時間も読めません。やりたいこともやれないし、仕事でやりたいことは何なんですかって言われたらそんな事をやれる実力もない。

でも、そこを乗り越えるために僕は「6年間遊んできたしな」っていうのを毎日思って、半年間しがみついて、そうするとなんか最初の頃から周りのスタッフの反応も変わってきて、院長の対応も変わってきて、「これやってみるか」って言ってもらえるようになりました。なので、そのぐらい、のめり込めるくらいに大学生活遊びきった・楽しんだ感を持って、大学を卒業していただけたらと思います。勉強は大切ですが、勉強なんて獣医師になってからいくらでもできます。

勉強は大事ですけど、就職するまでは国家資格さえあれば大丈夫。極論、手術の勉強とかそんなのしなくていい。獣医師になれば、いやでも勉強する、ちゃんとそういう世界が用意されています。しばらく獣医療しか考えられない3年間が待っていますから、その時に、変に知識を持っていて、真っ直ぐ努力できない人間になっちゃうと、そこから成長しづらいと思います。

もちろんやりたいことが獣医療の勉強だったらそうすればいいんですけども、やりたいことが他にある、例えば釣りに行きたい旅行にいきたいとか。大学生にしかできないことがあります、やりたいことをやりきって、獣医師になってから、頑張ろうって思ってもらえたらと思います。

インタビューを終えて

色々な病院を経験されてるからわかる病院の違いなど、色々な話が聞けて、いい体験ができたな〜と思っています。初めてのインタビューということでとても緊張していたのですが、院長先生がTikTokで見ていた通りのフレンドリーな方で、とても楽しく終えることが出来ました。
院長先生、先輩方、ありがとうございました。

様々な経験を積み、その全てを無駄にせずに生きてこられたのだな、と思わされるお話で、「無駄なことはない。自分で『無駄だ』と切り捨てたときに初めて無駄になってしまう」という先生の言葉に、はっとしました。
私自身、サークルやバイトなどに明け暮れてなかなか獣医らしい勉強ができておらず、「今自分は無駄なことをしているのでは?」と不安になることも多かったのですが、それは今しかできない貴重な経験であって、決して無駄じゃないのだ、と勝手に励まされています。
「今」に全力で向き合って沢山の経験を積み、先生のような、幅広い視野と柔軟さを持った獣医師になれたらと思います。
ありがとうございました。

小薗江先生の獣医療に対する熱意に圧倒されました。自分がどういう獣医になりたいのかを考え、それに向かって自分がやるべきことを明確化し、実行している姿がありました。その他にも学生に向けてアドバイスをたくさんいただけ、今後の勉学の参考にしていきたいです!

小薗江先生の獣医療に向き合う姿を以前よりTikTokで拝見しており、少し調べるとまず、病院の立地と充実した設備に驚き、もっと知りたいなと思ってインタビューをお願いすることにしました。インタビューを通して、知りたかったSNSのことや開院された病院のことを始め、先生の学生時代やこれまでのご経験など、たくさん知ることができて嬉しかったです。特に先生のこれからの目標のお話では、目の前の動物たちに向き合いつつも「その何年も先にいるたくさんの獣医師のために」というような先生の思いの強さ、大きさには心が動かされました。学生である今は獣医師になることしか見えていませんが、獣医師になった後も目標を持ち、そこに向かってひとつずつ進んで行きたいなと思います。

最後にこの場を借りて、インタビューのお願いを快く引き受け、貴重なお話を惜しみなくしていただいた小薗江亮太先生に深く御礼申し上げます。

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