滝田明日香先生インタビュー
ケニアで働く野生動物獣医師の実態を探る

滝田先生の紹介

滝田明日香先生(たきたあすか先生)
ケニアで野生動物獣医師として野生動物保護のため様々な活動をされている。現在はご自身で立ち上げたアフリカゾウの涙という団体で活動を続けている。
野生動物の世界へ至った経緯
子供時代
1975年に神奈川県に生まれ小学校入学前に海外へ渡る。
シンガポール、フィリピンで日本人学校を卒業。
小さな頃から動物が大好きで、お絵かきの題材はほとんど動物ばかり。

小学生の時、父親と一緒にシンガポール動物園へ毎週末遊びに行っていました。当時はアジアで一番大きい動物園で非常にたくさんの動物が飼育されていましたが、その中でも特にアフリカの大型動物に興味を持ちました。
この頃から将来は動物について学びたいと、すでに決めていました。
学生時代
13歳でシカゴの現地校へ編入し、ニューヨークで高校を卒業。
アメリカのスキッドモアカレッジで動物学を専攻。
ケニアに留学して1学期間ほど野生動物について学ぶ。

以前からアフリカの大型動物に興味があったこともあり、ケニアに留学して野生動物について学びました。
休学してマサイマラ保護区で1年間アルバイトをする。

父の知人がマサイマラ国立保護区にホテルを持っていたので、紹介でバイトをしました。そしてその経験がきっかけでこの場所で働きたいと思うようになりました。
今まで勉強してきたことを活かして野生動物に関わる仕事をするにはどうすればいいのか、一年の間ずっと考えていました。その中で、動物学の知識があっても動物を「守る」ことは難しいと感じ、獣医師になろうと決意しました。
ニューヨークへ戻り、スキッドモアカレッジを卒業。
アフリカで野生動物に関わる仕事を探してアフリカ中を回ったり、日本やハワイで就職して仕事をしたりしながら2年ほど過ごす。

当時21歳で修士も博士も持っていなかったため、まずアフリカのどこかに就職して野生動物保護の活動経験を積みたいと思いましたが見つからなかったり見つかってもビザの問題で働けなかったりとなかなか上手くは行きませんでした。
ナイロビ大学に入学し獣医学部を卒業して獣医師免許を取得する。

ナイロビ大学の獣医学部2年生の時から卒業するまでの間は、休みの度にケニア野生動物公社へと足を運びずっと獣医師に随行して勉強していました。長期休みなど、他の学生はほとんどが実家に帰省していましたが、遠すぎるため実家には帰らずに、代わりに野生動物公社に通い詰めて経験を積んでいました。
今まで・これからの活動
マサイマラ国立保護区
ナイロビ大学卒業後、2年間の家畜プロジェクトとワクチンプロジェクトを終え、2008年からマサイマラ国立保護区の管理施設マラコンサーバンシーに就職。そこで17年間勤める。
主に、ワクチンプロジェクト、追跡犬プロジェクト、探知犬プロジェクト、マラソラプロジェクト、野生動物の治療の5つのプロジェクトを進めていた。5つのプロジェクトは若い後輩に引き継ぎ、先生は退かれました。

大学卒業後すぐマサイマラに一人で乗り込んでキャンプ生活を続けながら、初めは自分でできることが少なかったため寄付を募ってワクチンプロジェクトを開始しました。
昔も今も自分一人でHPで記事を書いて寄付を募っています。初めはアメリカや日本を中心に自分の伝手を頼って寄付金を集めていました。
ワクチンプロジェクト
マサイマラ保護区の中の肉食獣を感染症から守るために、周囲の犬猫への犬ジステンパー、狂犬病ワクチンを接種するプロジェクトを2007年に開始した。はじめは一人で運転して、アシスタントもう一人と一緒に500頭にワクチンを接種することに成功した。その次の年には8000頭と数を増やし、最も多い年は1万頭もの犬にワクチンを打った。
現在はその活動が認められマラコンサーバンシー公式のプロジェクトとして保護区全体で取り組まれている。またこの活動はすでに先生の手から離れ、毎年5000~7000頭の犬にワクチンを打っている。
追跡犬・探知犬プロジェクト
追跡犬プロジェクトでは犬と人がユニットを組み密猟者を見つけて逮捕する。探知犬プロジェクトでは犬と人のユニットが象牙や銃、違法トロフィーを見つける。
どちらのプロジェクトも常に危険と隣り合わせで、犬を実際に連れて歩くハンドラーがバッファローに潰されたり、密猟者に撃たれるのは日常茶飯事。野生動物に殺されるか、密猟者に殺されるかの世界。
マラソラプロジェクト
サイやゾウの群れを飛行機で空から見つけ、保護区の中に誘導する。飛行機は先生自らがパイロットとして運転していた。
野生動物の治療
野生動物が傷ついているとのリポートを受けたら現場へ向かい治療を行う。野生動物獣医師にしかできない仕事。キリン、シマウマ、バッファロー、エランド、ライオン、チーター、ハイエナ、イボイノシシなど今まで様々な動物の治療を行ってきた。対象となる動物は大型動物がメイン。麻酔が強すぎるためあまり小さい動物は対象にならない。ハイエナより小さい動物は扱ったことがないとのこと。

サイに足を潰されたり、骨折や身体が一部切断されたりなど大きな怪我をするスタッフが多く、非常に危険な職場でしたが、幸運なことに大きな怪我はしませんでした。しかし、危険が多い仕事であるのは確かであり、怪我をする前に退いて若い世代に譲ることを決意しました。
野生動物から逃げるため、獣医師は常に動けるようにしていないと怪我の原因になりかねません。どうしても年齢が上がってくると動きが鈍くなり、大きな怪我をしやすくなってしまいます。

また、マラコンサーバンシーを辞めるもう一つの理由が子供に会いに行けないことです。保護区にいる限りいつ通報があるか分からない状態であり、家族の優先順位がどうしても低くなってしまい今まで子供との時間をほとんど取れませんでした。息子が高校を卒業する前に思い切って保護区の仕事を辞め、これからは家族との時間を一番に考えていこうと決めました。
アフリカゾウの涙
2012年に友達と一緒にアフリカゾウを守るために設立した。今も活動を続けている。ケニアでは先に述べた滝田先生がマラコンサーバンシーで行っている様々なプロジェクトを共同で行うとともに、日本のメンバーを中心にサイプロジェクトやグローバルマーチといった様々なプロジェクトを行っている。最近は次のプロジェクトに向けて、新しい麻酔銃の購入と許可取得の手続きを行っている。

アフリカゾウの涙の新規プロジェクト準備のためにマラコンサーバンシーを辞め、今後はアフリカゾウの涙として主に以下2つの新規プロジェクトに専念することを考えています。
野生動物の治療
これからは今まで野生動物獣医師が行かなかったようなエリアでの活動を考えている。もともとやっていた大型の野生動物の治療や保護は続けていく予定。
海洋動物の衛星トラッキング
衛星トラッキングとはGPSを海洋生物へ取り付けることで人工衛星を介して追跡を行いその生態を知ることができる活動である。
このプロジェクトはアフリカではモザンビークからタンザニアまで、他国であればニュージーランドなど様々な土地で様々な団体が行っているが、ケニアのデータは収集されていなかった。そこで今後はデータを提供していきたいとプロジェクトを始めようと考えている。
ケニアでは海洋生物の保護を行う獣医師がほとんどいない。ついては、このプロジェクトを獣医師が今後業界に進出していけるような土台としたいとのことだった。11月にはタンザニアへ行きジンベエザメの衛星トラッキングの方法を学ぶ予定。

これからは今まで培ってきた自分の経験・技術を用いて、保護活動が行われていない地域の動物や海獣といった、まだ手が差し伸べられていない動物達の保護活動に参画していきたいです。
アフリカゾウの涙では寄付金を募っています!ご興味のある方はぜひこちらのボタンからHPを見てみてください。
野生動物獣医師について
先生の主なお仕事や先生が思う野生動物獣医師像について詳しく伺った。
- 野生動物の治療はどうやって行うのでしょうか?
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怪我をした動物の報告を受けたら、現場へ向かい、まずその動物に治療を実施するかどうかの評価を行います。そして、人が原因で傷ついた動物なのかそれとも野生動物によって傷ついた動物なのかを判断し、人が関わっている場合はワイヤーを外すなどの処置を行います。
一方で、治療により治る可能性が低い場合は安楽殺を行います。
治療後はその場でリリースして野生に帰します。麻酔薬として非常に強いエトルフィンを用いるため、かなり弱っている場合は保護のために麻酔銃を撃っても麻酔薬に耐えられずに亡くなってしまう可能性が高いです。そういった動物は見極めて初めから関わらないようにしています。
- 野生動物獣医師のお仕事と子育てはどうやって両立させていたのでしょうか?
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15年間一緒にいるメイドさんの助けがなければ両立は出来ませんでした。野生動物獣医師の仕事をしながらでは月に4回ほどしか子供に会いに行けず、気が付いたら子供が大きくなってしまうような状態でした。

野生動物獣医師の仕事はどんな時でも職務を全うする軍隊と似ています。全ての野生動物獣医師達は野生動物をどんなことよりも優先しなければなりません。その次が保護区、その次が自分。つまり自分の家族の優先順位はそのさらに下となってしまいます。休日も含め野生動物の通報がいつ来るか分からない状況で、先の予定が全く立てられません。そのため、今まで子供の学校行事には一回も出ることができませんでした。たとえ子供が病気になったとしても、仕事から抜けられない場合は全てメイドさんが病院に連れていきお世話まで行っていました。6時間かけて運転してやっと家に帰ってきて週末は子供と過ごそうとしても、次の日の朝8時のフライトで戻って来て欲しいと電話がかかってくることも普通でした。
保護区で獣医師を行うとはそういうこと。ワークライフバランスはとれておらず、仕事に全力を注いでいました。
- 野生動物獣医師の役割とは何だと思いますか?
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まず、人以外の動物を治療することです。槍で刺された、弓で射られたといった人的災害により傷ついた動物の治療を行います。
次に、One Healthを守ることです。具体的には、犬ジステンパーといった人・野生動物・環境間を移動する人獣共通感染症を食い止めるためにどうすればいいのかを知っている必要があります。例えば、ワクチンを打って感染症の蔓延を食い止めること、検死を行い感染の原因を特定することなどです。検死を行うことで病気が特定でき、野生動物間を媒介する病原体なのか、人にも感染する可能性があるのか、家畜保健衛生所に報告が必要なものなのかなど対応が変わってきます。
また、害獣を移動することも獣医師の大事な役割です。具体的には、畑を荒らしたり人を襲ったりするゾウの群れを保護区の中に戻すといったことを行います。この活動は人の命、損害賠償が関わる職務であるため、ケニア人の国家公務員でなければできません。日本におけるクマやイノシシの扱いと同じです。
- 野生動物獣医師に求められる能力とは何だと思いますか?
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素早い決断力と治療活動に必要なチームと機材を自分の指示で野生動物に一番負担かからない方法で動かせる能力が必要です。
野生動物を麻酔で寝かせる場合、崖などの地形を使ってどうやって動物を追い込むか、ヘリコプターや車の空と陸の部隊をどう動かして動物を追い込むか、麻酔銃を持ったスタッフをどう配置するかなど、全てその場で獣医師が計画して上空から指示を出す必要があります。つまり、地形や動物の追い込み方を全て理解していないといけません。
例えば、キリンを崖までの1km以内で追い込まなければならない場合、このサイズでは麻酔がかかるまでどのくらいかかるかを判断し、部隊で追い込んで崖の端に至るまでに間に合うかどうかを即座に判断して治療を行うかどうかを獣医師が判断します。

動物に関わったことで元よりひどい状態にしたり、動物が死んでしまったりということは一番避けなければなりません。
麻酔銃で追い回したことによってさらに骨折させて安楽殺が必要となったり、強すぎる麻酔で死んでしまったりすれば、それは自分の治療を行うかどうかの評価が間違っているということ。追い回して動物が転んでしまい骨折してしまえば野生動物は野生に帰すことが難しくなるため安楽殺するしかありません。少しの怪我であれば麻酔や追い回すことのストレスによる負の影響の方が大きいため、突き刺さった槍や矢など明らかな怪我が確認できない場合、基本的に治療は行いません。
また、治療を行うと判断しても、麻酔で横にしたことで内臓が横隔膜を圧迫して息が止まるなど様々なリスクが常に付きまといます。例えばキリンは麻酔をかけたら低血圧でショックになりかねません。こういったリスクをすべて把握し、一緒に活動を行うレンジャー達に注意をしておくことも必要となります。
- この仕事をやっていて良かったと思うのはどんな時ですか?
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治療した野生動物に遭遇することはほとんどありませんが、治療して元気になった動物を偶然見かけた時です。判断を誤れば治療行為がより一層その動物に負担をかけてしまうこともあるため、元気になった動物を見られることはとても嬉しいです。
- 野生動物保護に興味のある日本の獣医学生に対して伝えたいことは何ですか?
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野生動物保護においては、先にも話したとおり治療を行うかどうかの判断が最も重要です。ついては、学部で履修する治療のための知識とは別に、治療を行うかどうか評価し判断するための動物学の知識が必要となります。
例えば、あなたはライオンの子供が一匹でいたらどうしますか。
多くの人は保護をするべきだと考えるかもしれません。しかし、一度手を出して人が手に入れることができる牛肉で育て上げてしまえば、そのライオンは自分で狩りをして野生動物を捕まえることができない家畜を食料とする家畜殺しの害獣となり、結局、人間に殺されるでしょう。たとえ、野生動物の肉を与えることができて野生に帰せたとしても、今度はライオンのプライドに加わることができずに流れ者となって、いずれプライドの主であるライオンに殺されてしまいます。檻の中で飼育することは可能ですが、野生で生まれ育った動物が檻の中で生活することのストレスは計り知れません。決して幸せとは言えないでしょう。つまり手を出した時点で、人に殺されるのか、ライオンに殺されるのか、檻の中で一生を終えるかの運命にあるというわけで、そういったライオンを一年間かけて育て上げる意味はありません。
つまり、野生動物保護に関わりたいのであれば、その動物本来の生態を知り自分が関わるかどうかを判断するために、獣医学だけでなく動物学の分野で保護の対象となる野生動物の生態について詳しく学ぶ必要があるということを伝えたいです。
また、この仕事は非常に専門性が高いため知識だけではなく実際のフィールドで経験を積むことも重要です。例えば、治療したらどのくらいで麻酔が切れるのかをよく考えてから治療するかどうかを決めないと、麻酔から覚めたばかりで血まみれの治療後の動物が、ハイエナが徘徊する夜の時間帯に突然放り出されることになりかねません。まず助からないでしょう。若い獣医師はこういった壁にぶつかりながら経験を積んでいきます。
あとがき
ここまで読んでいただきありがとうございました!
野生動物保護にどんな形で獣医師が関わっているのか大学の授業で少し聞いた程度の知識しかありませんでしたが、滝田先生のお話を伺い、この業界を率いていかなければならないのは獣医師なのだと感じました。
野生動物獣医師のお仕事は危険が伴う上に先のことが分からないという大変な職業ではありますが、動物の命や地球の生態系に一番近いかたちで関わることができる、人生をかける価値のある素敵なお仕事だと知りました。
この記事を読んで先生の活動に一緒に感動してくれる獣医学生がいたら嬉しいです。
